第七回 「武者千夏子 雨があがれば 」
「武者千夏子 雨があがれば 」

君の持ち主は、雨があがると、君をもってきたことをすっかり忘れる人だった。
帰り道で気がつくのは、たいがい僕だった。
取りに行くかと聞けば、いつも答えはイエス。
幸いにも、置き忘れたであろう場所にそのままあったり、
親切な人がインフォメーションやお店の人に届けてくれていた。
今、君を探しているだろうか。
君の持ち主は。
ほんとうに、何度、君を忘れていっただろう。
電車の座席、本屋の床、図書館の傘立て。
お気に入りのカフェ、友人の家、動物園のベンチ。
そして、僕の家。
どちらかといえば、しっかり者だ。
喜怒哀楽も、顔にあまりださない。
いつも眉間にしわをよせてる。
本人も気にしていたのか。
僕がそのシワをのばして、おでこをマッサージするのを喜んでいた。
いつからだろう。
一緒に電車に乗ることも、本屋に行くことも。
図書館にもカフェにも、友人の家にも。
動物園にもいかなくなったのは。
好きな動物は狼で、東山動植物園は特にお気にいりだった。
朝から雨が降っていて、それでも傘をさして狼舎の前に佇んでいた。
狼は雨から避難していたから、なかなか見れなかったけれど。
これはこれで、幸せな時間だった。
僕たちは出かけるたびに、雨に降られるものだから。
雨男だ、雨女だと、軽口を言いあったけ。
でもそれも、お互いに気持ちが向き合っていたから。
激しい喧嘩をしたわけでもない。
明確なすれ違いがあったわけでもない。
でもきっと、何かがあったから、でかけることはなくなって。
その何かがわからないから、あの日がやってきた。
やっぱり、雨が降っていた。
貸していたことすら忘れていた漫画を、返してくれたのが彼女らしい。
本を返すときすもやっぱり、眉間にシワを寄せていた。
最後にマッサージをしていいかと聞こうと思ったけど、やめておいた。
きっと、困って、また眉間にシワを寄せてしまうだろうから。
来たときに降っていた雨は、帰る頃にはあがっていた。
案の定、君は僕の家の傘立てに、置き去りにされていた。
取りに来るだろうか。
それとも来ないだろうか。
少し期待してしまう自分はやはり、君の持ち主がまだ好きで、会いたいと思っている。
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